IMMORAL



届かせて、

あなたに…


――息も、出来ないほど


***

「また、僕の部屋に来たんだね」
「ファロは私には注意できないのよ」

後ろ手に閉められた扉の前には絹のようなハニーブロンドの髪を湛えたマタンが立っていた。
シルクのネグリジェから延びた肢体は湯上りだからか薄紅色に艶めいていて、目を奪われずにはいられない。

「それにあなたの部屋だと言っても、隣同士じゃないの」
「そうだけど」

くすくすと笑う姉にノクスは平静を装って淡々と返事をする。
彼もまた、白いパジャマの胸元にマタンと同じ色をした髪のみつあみが映えていて、パジャマの裾からはこちらも姉と同じ陶器のように白い肌がのぞいていた。

「ノクス…」

湯上りは罪だ。
ノクスは思わずぐっと手を握りしめた。
なぜなら彼を見るマタンの瞳は濡れているようで、赤くなっているようで、情感がこもっているような気がしたからだ。
それに、自分を呼ぶその掠れた声さえも情緒を煽っているようにしか思えない。

「姉さん…」

日が沈んでもう大分経っている。
月が蒼穹の王になる時間――そう、真夜中――は、すべてのしがらみから解放されて、二人になれる、彼らだけの時間だ。

マタンはそんなノクスの気持ちを酌んでかしらないが、女王としての仕事をこなす執務室で見せる顔と似ているようで違う、ただ一人にしか見せない美しく、またいじらしい顔でその最愛の人を見つめていた。

「ノクス…!」

マタンがそう呼ぶのと、ノクスが動くのは同時だった。

ノクスの手が、マタンの髪に届くやいなや引き寄せられるようにその腕(かいな)という籠に囚われる。
ノクスは右手で彼女の髪を愛でると、肩甲骨のあたりから這い出した手はやがて彼女の髪を飾るダリアまで到達し、ノクスはそれを何気なくはずすと、そろそろと腕を伸ばし、誰に見せるということではないが、見せつけるようにゆっくりとその手を床に向けた。ハニーブロンドの滝から落とされた青いダリアは真紅の絨毯の上で音も立てずにはねると、そのまま動かなくなった。

「は…ぁ」

そのままピンクに染まった頬に触れると、マタンは扇情的な吐息を漏らす。
手ではもはや物足りない。気づけばその桃色に唇を這わせていた。

「んっ…」

マタンの声に煽られたノクスは歯止めがきかなくなりそうなのを必死にこらえて、頬を愛でていた自分の唇をマタンの唇に触れさせる。

「ん…ふ…」

啄ばむような口づけから、貪るような口づけへ。
しばらく唇を味わうと、今度は舌を這わせた。それが合図のようにマタンは薄く自分の唇を開くと、ノクスの舌に自分のものを絡める。

「ふ…っ…」

くちゅくちゅという官能的な音と雨の音が二人を駆り立てていた。

「…っは」

唇をはなすと二人の間に透明な橋が架かる。それを絡め取るようにノクスはもう一度マタンの唇を奪った。ノクスが唇を離すと荒い息のマタンはノクスの肩に顔を埋め、何かを確かめるみたいに背に手を回す。そしてそのままベッドにもつれ込んだが、マタンはノクスの腕の中にいる幸せをかみしめるようにその胸に額をくっつけた。


「姉さん」


「好きだ」

「ええ」
「私も、ノクスが好きよ」

「好きすぎて、息が出来ないくらい」

ざあ、という雨の音がした。さっきより激しくなったようだった。

「姉さん…」
「ちょっと大げさだったわね」

沈黙をごまかしたくて、マタンは身を起こすと先ほどのようにくすくすと笑って見せた。

しかし、すぐにまた沈黙が訪れる。その間にも、雨の音は思い出されたように二人の耳をつつんでいた。

「私たちは、双子。同じ血が流れている、姉弟」

ぽつりと、そう言ったマタンの声はほんの少しだけ、震えていた。

「姉さん」

「怖いの?」
「いいえ」

そういうと、マタンは何かから逃げるように眼を閉じた。
ノクスも身を起こし、彼女を静かに抱きよせる。

「声が震えてる」
「なんでもないわ、気のせいよ」

言葉に反してマタンはノクスにすがりつくように手を回した。

「私たちは、きょうだい、ね」
「うん」
「…姉弟が愛し合うことは何故いけないのかしら」
「……」

ノクスの胸に言葉を投げかけるマタンは陶磁器の人形のようで、落とせば一瞬にして原形をとどめなくなるようなもろさを醸し出している。ノクスはたまらなくなって喉の奥から声を絞り出すように言葉を紡いだ。


「…いけなくない」

「それに誰が僕たちを引き離そうと、もう離れられない。姉さんからも、もちろん僕からも」

そうしてノクスはマタンをやさしく包み込む。
それは抱擁でもあり、包容という言葉をも感じさせるような優しい愛撫。
同じ大きさの二人なのに、何故かノクスのほうが大きく見えて仕方がない。
いつもなら包み込むのは自分の方なのに……マタンは静かに目を閉じた。


「でも、みんなはこう思うのね」

ノクスの、実弟の腕の中で、つぶやく。

「…人の道に反してる?」

「ええ」



「背徳、よ」



*****

あとがき

「IMMORAL」――背徳、という言葉には不思議な魅力があると思います。
ノクマタはそもそも「双子の姉弟のCP」という時点で相当な背徳さを出してるけど、さらなる背徳感を出そう出そうというのがこの話のテーマでもあります。

私は曲を聴いてる最中にネタが降臨することが多々あるのですが、これは川田まみさんの「IMMORAL」を聞いてる時にきた!というわけです。
ちなみにうたというのは一番妄想しやすい媒体だと思ってます。なぜなら特定の名前が出てこないからです。


とまあ本編ですが、背徳のエロスみたいなの目指しましたが、見事に撃沈…。
いつかまた温故知新的な感じで書きたいです。
しかし露骨なエロ無しにエロティックな雰囲気を出すのってすごく難しいですよね、と言い訳してみる。
てかノクス姉さん姉さん言いすぎだろ!ってかんじですね。でも、お姉ちゃんとか姉様とかと比べると姉さんって素敵な響きだと思います!

次回は長編のほうをアップしようと思います。

(09/04/28)