sweet tooth



「姉さん……大丈夫?」

ノクスは所々破れているドレスを纏って、切り株の上に座り込んでいるマタンに目を遣った。

「ええ、なんとか…」

しかし、その息は荒く、とても言葉どおりの状態とは言い難い。


――なぜ、仮にも女王であるマタンがこのようになってしまったのかといえば、話しは数時間前に遡る。


***


その時、ノクスは自室のソファで本を読んでいた。外は文句なしの青空で、時折鳥の声が窓を掠めて行くが、それを除けばこの部屋にはページをめくる音だけが響いている。そんな穏やかな時間が流れていく午後のひとときであったが、唐突にそんな時間を壊すように横から本を奪われた。

「姉さん?」
「ええ、私よ」

マタンはノクスの前を横切ると、隣に腰を下ろす。ぱふっ、と音がしたが、深紅のベルベットのソファはまったく揺れなかった。

「いつからいたの?」
「さっきからよ」

ノクスはマタンの方に顔を向けたが、マタンはノクスの方を見ずに会話を続ける。何を言いたいのか、窓の外をじっと見ていた。

「じゃあずっと僕を見てたの?」
「ええ、あなたが気づくのを待っていたの」

別にマタンは怒っている素振りを見せていたわけではなかったが、ノクスは申し訳ない気持ちになる。

「ご、ごめん…」
「いいのよ」

マタンはにっこりと微笑む。その笑顔で全て許されたような気分になり、ほっとする。しかし、そんなノクスをよそにマタンは先程ノクスから奪った本をコーヒーテーブルの上に置き、ノクスの手を取ると、このように切り出した。

「ねえノクス、街に行きましょう!」
「えっ?」

突拍子のなさに驚いたノクスだったが、姉が前から街をお忍びで訪れていたことは知っていた。しかし今まで自分を誘うことはなかったのでそのことにも少なからず驚いていた。

「だから街よ、街!こんなに晴れているのにお城の中にずっといるのは体に悪いわ」

そこまで勢いよく言うと、マタンはノクスの手を握ったままばっと勢いよくソファから立ち上がった。もちろんノクスもつられて立ち上がる。

「善は急げ、よ!行きましょうノクス!」
「ちょ、ちょっと……」

意見を言う余地もなく、マタンに引きずられるようにしてノクスは連れ出されたのだった。


***


――そして、今に至る。


「どうしてあんな道を通ったの?」

マタンのドレスの汚れを払いながらノクスは尋ねた。

「……なんとなくよ」
「嘘だね」

なんとなくであんな道を通るとは思えない。何か理由があるはずだが、

「いいじゃない、あなたは傷一つないのだから」

マタンはいつものように微笑みながら返してきた。


そう、彼らは城の中でもほとんど人が通らなかったりもう使われていないような『裏道』を使って城外に出たのだ。そして、庭では姿を隠すためにあえて木々が茫々としている場所を通ってきた。日頃剣の訓練などで体を動かしているノクスとは大違い、マタンは何度もドレスの裾を枝や葉にひっかけていた。


「それに、お城の外に出られたからいいのよ!」

城壁のわずかな割れ目からどうにか城を抜け、街の方へ向かっていたがちょうどいい自然の腰かけがあったのでありがたく利用させてもらっている。

「でも変装するとか、手はあったんじゃないかなあ……」
「なにを言っているの?私たち変装してるじゃない」
「……これは変装とは言わないよ」

彼らが普段着ている服で街を歩こうものならすぐに城に逆戻りになってしまうため、街の人々が着ているような服をマタンがどこからともなく出してきたのだ。マタンの用意のよさにノクスは瞠目したが、それ以上に平民の服を見ると昔を思い出すようで複雑な気持ちになったことも否めない。

「いいえ、変装だわ。それより早く行きましょう、お店が閉まってしまうわ!」
「一体どこに行くつもりなの?」
「着くまでのお楽しみよ!」

それだけ言うとマタンが足早に歩き出したので、ノクスは慌てて後を追う。


***


「やっぱり街はお城よりも活気があるわね」
「うん、賑やかでいいね。僕はこういうの好きだよ」

街は午後ということもあって、そこらじゅうに人がいる。わいわいと途切れることのない人の声は、大声を出すなんてもっての外である城では考えられないことだ。

「ええ、私もこういうのは好きだわ。でもね……私はノクスも大好きよ!」

そう言うとマタンはノクスの腕に自分のそれを絡め、肩に頭を乗せ、甘えるように頬をすりよせる。

「えっ?ね、姉さん?」
「うふふ、こうしてると恋人同士みたいにみえるかしら?」

何の脈絡もなしにこのようなことをしてくるし、他にも先ほどから驚かされっぱなしのノクスは、もうなるようになれと心の中で呟いてみたものの、何か悔しいような、変な気持ちになる。


「見えない」

そこで少しはやりかえしてもいいだろうと、ノクスは淡白に言い放った。

「……どうして?」

案の定マタンは今にも泣きそうな悲しみにあふれた声で返してくる。
そんな姉の声にいたたまれなくなったノクスは思わず、

「うそだよ」

そしてマタンが自分の腕に絡めている手を自分の手に絡ませ、そのまま下におろした。

「こっちの方が恋人みたいじゃない?」

その言葉を聞いたマタンは本当に嬉しそうに笑った。太陽が降りてきたのではないか、と思うくらいきらきらと眩しい笑顔にノクスは嬉しそうに眼を細めた。


***


「ここだわ!」

二人が足を止めたのはあれから随分と経ってからだった。

「……道くらいちゃんと覚えておこうよ」

目的地の正確な場所を忘れてしまったらしいマタンについてあちらでもないこちらでもないと進むうちに気がつくと何度も同じ場所をぐるぐると回っていたりしていたようで、相当遠回りをしたことは間違いなさそうだった。

「ついたからいいのよ!さあ入りましょう!」

何の変哲もない普通の石造りの家に木の扉、こじゃれた看板。そんな落ち着いた佇まいを眺めてるのもそこらにして木のドアを押し開ける。すると、からんからん、と耳に心地よい音がして、甘い匂いに鼻を支配された。

「わあ!」

次の瞬間目に入ったものに、ノクスは思わず声を上げる。

「ふふ、ノクスはどれにする?」

そこにはルビーのようないちごを乗せたショートケーキに紫のブルーベリーソースのかかったチーズケーキ、色とりどりのフルーツがぎっしりのタルトにナポレオンパイという別名を持つミルフィーユ……など、色とりどりのケーキが並んでいたのだった。

「どれも美味しそうだ!」

ノクスは並べられているケーキをしげしげと眺める。

「姉さんはどれにする?」
「私は……これ!」

マタンは一つのケーキを指差した。

「これ?なんだか意外だね」
「そうかしら?」

マタンは意味ありげに微笑むのだった。


***


「いただきます!」

ノクスはフォークでクリームを掬うと、小さく切ったシフォンケーキにのせ口に運ぶ。

「美味しい!!」

口に広がる紅茶の香りと品のある甘さにノクスは幸せそうな顔をする。
マタンも嬉しそうにケーキを切っては口に運んでいた。

「姉さんは前にもここに来たことがあるの?」
「ええ、一人でお城を抜け出していたときに。抜け出したは良いものの道に迷ってすごく怖くなってしまって……そんなときにここに辿りついたのよ」
「その時にシフォンケーキを食べたんだ?」

マタンは静かに頷くと、薄茶色のケーキを銀のフォークでつっつく。仄かな紅茶の香りにマタンはうっとりとした。

「私甘いお菓子大好きなのよ……ノクスも好きでしょう?」
「うん、僕も大好きだよ」

それを聞くとマタンは満足そうに笑みを浮かべる。

「私たちって正反対なところもあるわ、でも同じところもたくさんあると思うの」
「うん」

それだけの返事だったが、ノクスは目を閉じて自分と姉との共通点を脳裏に描いていた。甘いお菓子が好きなところ、料理が得意なところ、動物を愛するところ……数え始めるときりがない。

「ねえ、ノクス?」
「なに?」

ノクスは目を開き、目の前の姉を見ようとした。

「はい」

「えっ?」

素っ頓狂な声を上げたノクスだったが、それもそのはずマタンが自分にシフォンケーキが刺さったフォークを差し出しているのだ。これはまるで恋人同士がやることではないか、と一瞬頭をよぎったが、よく考えれば自分たちはそういう仲だ。このようなことをしてもなんらおかしくはないとはいえやはり、恥ずかしい。

「ほら、あーん……!」

にこにこと微笑みながらフォークを仕向ける姉を邪険にすることは出来ず、恥ずかしさを我慢してノクスは口をわずかに開いた。

「あ、あーん……」

「はい!」

ぱくりとフォークの先を口に入れると程よい甘味と、紅茶の香り、そしてなによりマタンに食べさせてもらったという事実からくる安心感のような心にくる甘さが広がってノクスは幸せに包まれた。恥ずかしさはいつの間にかどこかへ消えていた。

「ありがとう、姉さん」
「いいのよ」

マタンはそう言っていつものように幸せそうな笑顔を浮かべた。

「私こそ、あなたにお礼を言わないといけないのよ」
「どうして?」
「私、どうしてもここにあなたと来たかったの」

マタンは少し潤んだ瞳でノクスのことを見ていた。

「一緒に来てくれてありがとう、ノクス!」
「僕の方こそ楽しい時間をありがとう、姉さん」

ノクスはいつもマタンがするように穏やかに微笑んでいた。
それを見たマタンの潤んでいた瞳は嬉しそうなものになる。

「さあノクス、そろそろ帰りましょう。日が沈んでしまうわ」
「そうだね」

花柄のカーテンがまとめられている窓の外を見ると、日はもうかなり傾いている。

「また一緒に来てくれる……?」

マタンが不安そうに問いかける。


「もちろん!」

にこやかに返したノクスにマタンはいつもの通り満点の笑みを見せた。




――こうしてノクスの穏やかに終わるはずだった午後は、マタンという砂糖のおかげで甘いものに変わったのだった。




*****

あとがき


すみません完全なる失敗作ですorz
いろいろおかしすぎだろwっていうところいっぱいあると思うんですよ……
マタンさまが笑いすぎだったり、てゆーかこの時代にケーキあるの?などなど……
でもせっかく書いたのでアップさせてください><;

いや、公式が神更新だったのでついつい調子に乗ってしまいました><
二人して甘いお菓子が好きとかもう反則過ぎだと思いますよおおお!
それに料理が得意とか、もうなんだかゼクトバッハ神超えたと思います。

なぜ、お城じゃだめなのかなどまだ説明していない部分もありますが、また城を抜け出すネタは書きたいのでそのときにでも。



本当にこんなにオチがない小説を最後まで読んでくださってありがとうございました><!!


書きかけが5作くらいあるので、順次完成させてアップしたいです!
というかノっくん変態小説を最後まで書きたい!!!

(09/05/18)